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■Part2 大阪のシンボル/大阪城 |
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| 大阪のシンボル「大阪城」を訪ねました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| そこは豊臣秀吉が築いた豪華絢爛・壮大な空間のはず。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| 今は、Artficialな巨大Attractionでした〜 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
◇豊臣時代の大坂城
◇徳川幕府の再築 夏の陣後、大坂は一時松平忠明の領するところとなったが、将軍秀忠は間もなく直轄地とし、元和6年(1620)から大坂城の大規模な修築工事を開始させた。 この工事は10年の歳月を経て寛永6年(1629)に完成したが、わずか36年後、落雷のため天守が消失し、以後江戸時代を通じて天守は再建されなかった。幕末に至り、町人の御用金で大手多聞櫓の再建をはじめ大修復が行われたが、明治維新の動乱で多くの建造物が消失した。 ◇昭和の天守閣復興 昭和6年(1931)、大阪市民の熱意により鉄骨鉄筋コンクリート造り地上55mの天守閣を再建した。しかし、太平洋戦争では城内及び周辺に多くの軍事関係施設があったために激しい空襲にさらされた。ほとんどの建造物が破損したなか、幸いにもこの天守閣は焼け残った。こうして戦後を迎えた大坂城は昭和23年(1948)から史跡公園として再出発することとなり、翌年に天守閣の再開、その後の古建造物の修復、博物館の開設、近年は大坂城ホール、野外音楽堂などユニークな施設が建てられ、今や国際的な一大史跡公園となった。
◇平成の大改修 平成9年(1997)、大阪の貴重な歴史・文化遺産として、また代表的な観光名所として60有余年にわたり親しまれてきた大坂城の大規模な改修が完成した。 外壁の塗り替えと装飾部品の修復、金箔の押しなおしにより、白壁と金箔の輝きで彩られた美しい姿が蘇った。 天守閣は震度7の地震にも耐えられるように設計され、エレベーターの延長などにより、車椅子でも展望台へ出られるよう改善された。 天守閣内には、シアタールーム、ジオラマなどの興味深い設備が増え、歴史博物館としても充実した。こうして生まれ変わった天守閣は、外と内からライトアップされ、大阪のシンボルとして、大阪のシンボルとして輝きを新たにした。 ◇文化財一覧 国指定:大手門、多聞櫓、千貫櫓、乾櫓、一番櫓、六番櫓、金蔵、桜門、など ■画像:テツ提供 ■説明文:「大坂城パンフ」より引用。 |
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